FAGA(女性型脱毛症)とは?
FAGA(Female Androgenetic Alopeciaの略称)は、女性によくみられる髪の毛が薄くなる脱毛症です。主に頭頂部(つむじ周辺や分け目)から髪が細くなり、全体的にボリュームが減っていくのが特徴です。男性の薄毛と違い、女性の場合は生え際が後退するよりも髪一本一本が細く短くなって地肌が透けるようになります。また男性ほど完全にツルツルに剥げることは少なく、薄毛はゆっくり進行します。
原因はホルモン(男性ホルモンであるDHT)の影響や遺伝的な体質が関与しており、特に更年期以降に症状が進むことがあります。髪の毛は毛包(もうほう)と呼ばれる頭皮の中の「髪を生やす器官」から生えますが、FAGAではこの毛包が徐々に小さく萎縮し、太く長い髪(終毛)が産生できず、細く短い産毛(軟毛)が増えてしまいます。
このため髪全体のボリュームが減り、地肌が透けて見えるようになります。見た目の変化により精神的なストレスになることもありますが、最近では女性の薄毛に対する新しい治療法の研究が進んでおり、その一つが自己脂肪由来幹細胞を使った再生医療です。
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自己脂肪由来幹細胞とは?どのように得られる?
自己脂肪由来幹細胞とは、自分自身の脂肪組織から採取される幹細胞のことです。幹細胞とは様々な細胞に分化したり、組織を修復したりする能力を持つ「種」のような細胞です。その中でも脂肪組織に存在する幹細胞は、医学的に脂肪由来幹細胞(ADSCs)と呼ばれ、2001年に米国で初めて発見されました。脂肪はエネルギー貯蔵だけでなく、体の修復に役立つ細胞の宝庫でもあります。
実は脂肪組織1グラムあたりの幹細胞数は骨髄の数十倍にもなると言われており、比較的少量の脂肪から多くの幹細胞を取り出すことができます。
どうやって脂肪から幹細胞を取るの? – 一般的には、お腹や太ももなどから少量の脂肪を局所麻酔下で採取します(いわゆる部分的な脂肪吸引のイメージです)。その中から体を修復する力を持つ幹細胞を取り出して増やし、治療に使う――これが自己脂肪由来幹細胞治療の準備段階です。自分の細胞なので拒絶反応やアレルギーの心配がほとんどない、安全性の高い素材と言えます。

幹細胞治療は髪にどう作用するの?
自己脂肪由来の幹細胞は、髪の毛を生やす毛包に対して様々な良い作用をもたらすと考えられています。イメージとしては、「弱った髪の毛の種(毛包)に肥料やお水をあげ、元気づけてあげるガーデナー(庭師)」のような働きです。そのメカニズムをもう少し具体的に説明しましょう。
- 成長因子による毛包の活性化: 脂肪由来幹細胞は、育毛に役立つ様々な成長因子やサイトカイン(細胞が出すシグナル物質)を分泌します。例えばIGF(インスリン様成長因子)、VEGF(血管内皮成長因子)、HGF(肝細胞成長因子)、PDGF(血小板由来成長因子)などが挙げられます。これらは毛包の細胞に働きかけて細胞増殖を促し、休止期にあった毛包を成長期(発毛期)へ移行させるスイッチとなります。簡単に言えば、眠っていた髪の毛の種を起こし、新しい髪を生えやすくするのです。実際、動物実験では幹細胞の因子により毛の成長期(アナゲン)の誘導や毛幹の長さ増大が確認されています。また、人の培養毛包でも同様の効果が示されています。
- 血流(血管)を増やす効果: 幹細胞が出すVEGFなどの因子により頭皮の毛細血管が新生(血管新生)すると考えられています。毛包は血液から栄養や酸素を受け取りますので、血流が良くなることは髪の成長にとって重要です。幹細胞治療後には毛包周囲の微小循環が豊かになり、毛根が栄養たっぷりの環境になることが報告されています。いわば幹細胞は「毛根に肥料と水を届ける灌漑システム」を整えてくれる役割を果たします。
- 抗炎症・組織修復効果: 薄毛の進行には頭皮の炎症や酸化ストレスも関与します。脂肪由来幹細胞は抗炎症作用を持ち、周囲の炎症やダメージを和らげます。実際に幹細胞には免疫を調節し炎症を抑える物質を出す作用があり、傷んだ組織の回復を助けます。また幹細胞そのものがダメージを受けた細胞の代わりに新しい細胞に分化して補う可能性も指摘されています。結果として、頭皮の環境が整い毛包が本来の元気を取り戻しやすくなるのです。
- DHT(脱毛ホルモン)の影響を和らげる可能性: 興味深い研究として、脂肪幹細胞には男性ホルモンの一種DHTを無害化する酵素(AKR1C2)を増やす作用が報告されています。DHTは毛包を縮小させる悪者ですが、幹細胞により局所的にDHTが弱められれば、薄毛の進行ブレーキになるかもしれません。この効果はまだ研究段階ですが、副作用なくホルモンの影響を抑えられる点で注目されています。
以上のように、自己脂肪由来幹細胞は「毛包の修理屋さん」兼「栄養サポーター」として働きます。傷んだ毛包に幹細胞が集まり(これをホーミングと言います)、そこで成長因子のシャワーを浴びせて毛包を活性化し、さらに周囲に新しい血管を作って栄養供給を増やし、炎症を鎮める――まさに総合的に毛髪環境を改善してくれるのです。このような再生医療のアプローチによって、従来の治療では十分生えなかった髪が再び太く長く成長することが期待されています。
治療の方法:点滴と局所注射の違い・治療スケジュール
実際の治療はどのように行うのでしょうか? 幹細胞を用いたFAGA治療では、大きく分けて点滴(IV)投与と頭皮への直接注射という2つの方法があります。それぞれメリットがありますので、順に説明します。
- 点滴による幹細胞投与: 患者さんの腕の静脈に点滴ラインを確保し、培養した幹細胞をゆっくりと体内に戻す方法です。時間にして1〜2時間ほどかけて幹細胞を点滴で全身に巡らせます。点滴の場合、注射と比べて頭皮に針を刺す必要がないため痛みが少ないのが利点です。体内に入った幹細胞は血液の流れに乗って全身を巡りますが、傷んだ組織を見つけるとそこに集まる「ホーミング効果」があります。薄毛部分の毛包周囲にも幹細胞が集結し、先ほど述べたような修復・育毛効果を発揮すると考えられています。また点滴は全身的なアンチエイジング効果も期待できるとされ、例えばお肌の調子が良くなった等の声もあります。ただし、点滴だと一度に投与された幹細胞が薄毛の部分にどれだけ集まるかは個人差があります。全身を巡るゆえに、局所注射に比べればターゲット集中度が下がる可能性もあります。
- 頭皮への局所注射: 増やした幹細胞を直接、薄毛が気になる頭皮に注射してしまう方法です。医師が極細の注射針を用いて頭皮の薄毛部分数か所に細胞を注入します。この方法のメリットは、狙った毛包の近くに高濃度の幹細胞を届けられる点です。幹細胞を点滴ではなくダイレクトに頭皮に撒くイメージで、より局所での作用を期待できます。一方で頭皮に針を刺すため痛みや内出血のリスクはあります。しかし使用する針は非常に細く、麻酔クリームなどで痛み対策も行いますので、大きな苦痛なく受けられる方がほとんどです。注射後に少し赤みが出たり、液を入れた分の軽い膨らみが数日ある場合もありますが、徐々に落ち着きます。
治療回数とスケジュール: 基本的な治療回数は1回から数回です。臨床研究では1回の幹細胞投与で効果を半年~1年ほど追跡したものが多く、その範囲で効果持続が確認されています。例えば1回の幹細胞注射で6か月後に有意な発毛効果が見られたとの報告があります。一方、複数回行うことでさらに効果が高まる可能性もあります。ある研究では45日おきに3回の幹細胞注射を行い、1年後(58週後)に毛髪数の明らかな増加を報告しています。このように、クリニックや症例によって月1回ペースで数回治療するプランも存在します。初回治療から効果が出るまでには毛周期の関係で3か月前後かかることが多いですが、その後効果が続くと考えられます。効果の持続には個人差がありますが、髪の毛も加齢で徐々にまた弱っていくため、年に1度程度のメンテナンス治療を行って効果を持続させることも検討されます。
幹細胞の数: 治療に用いる幹細胞の数はクリニックによりますが、約1億個程度が一つの目安です。研究でも1億個前後の細胞を投与しており、この数が現在の一般的な規模といえます。数だけ聞くと莫大ですが、培養技術の進歩で比較的容易にこの数を確保できるようになりました。もちろん「細胞は多ければ多いほど良い」というものでもなく、適切な数を適切な場所に届けることが大切です。
以上をまとめると、まず患者様自身の脂肪から幹細胞を採取・培養し、それを1~数回点滴または頭皮注射で投与するという流れになります。治療自体は日帰り可能で、注射後も短時間の安静で帰宅できます。点滴か注射かはクリニックの方針や患者様の希望によりますので、カウンセリングで相談されると良いでしょう。

幹細胞治療の効果:臨床研究の結果は?
「本当に髪は生えるの?」――患者様にとって一番気になるのは効果ですよね。自己脂肪幹細胞を用いた治療は比較的新しいため、大規模な長期試験はこれからですが、既に世界各国で小規模~中規模の臨床研究が報告されています。その多くで発毛・育毛効果が確認されており、有望な結果が出ています。ここでは代表的な研究結果をいくつかご紹介します。
- 毛髪密度の増加: 韓国の研究では、女性の薄毛患者に脂肪幹細胞から抽出した「培養上清液(成長因子を含む液)」を頭皮に注射し、12週間後に毛髪密度が105本/㎠から123本/㎠に増加(約16%増加)したと報告されています。これは髪の本数で言えば1平方センチあたり約18本の増加で、見た目にもボリュームアップを実感できるレベルです。また太い髪の割合(終毛率)も有意に改善しました。エジプトの別の研究でも、男女30人のAGA患者に幹細胞を1回頭皮注射し6か月後に追跡した結果、毛髪数が130本/㎠から152本/㎠に増えた(約17%増加)と報告されています。髪の太さ(毛径)も平均0.037mmから0.056mmへ太くなり(約50%増加)、写真判定や患者自身の実感でも有意な改善が確認されました。このように、幹細胞治療により毛が増えて太く育つことが科学的に示されています。
- 患者満足度・VASスコアの向上: 効果を数値で示すだけでなく、患者さん本人が実感するかも重要です。上述のエジプトの研究では、6か月後に患者の約73%が「満足できるはっきりとした改善」を実感したと報告されています。具体的には「わずかな改善」と答えた人が10%、「はっきり改善」を感じた人が53%、「劇的に改善」と答えた人が20%という内訳でした。別の研究でも、治療回数を重ねるごとにVAS(視覚的アナログ尺度)の満足度スコアが有意に上昇したとされています。VASスコアとは0〜10点で満足度を評価するものですが、幹細胞治療を繰り返すほど点数が上がったとのことです。これらから、多くの患者さんが幹細胞治療後の髪の変化に前向きな手応えを感じていることがわかります。
- 臨床研究の一例: ある比較試験では、従来から薄毛治療に使われているPRP(多血小板血漿)と脂肪由来幹細胞治療の効果を比べています。エジプトのKadryらの研究では、AGA患者を2群に分け片方にはPRP、もう片方には脂肪幹細胞を頭皮注射しました。その結果、6か月後の毛量増加はPRP群で平均19本/㎠、幹細胞群では平均31本/㎠と報告されました。幹細胞のほうが発毛効果が高い傾向が見られたのです。また他の研究では、PRP単独よりPRP+幹細胞を組み合わせた方が毛髪密度の増加率が21.5%から51.6%へ大幅アップしたとの報告もあります。このように、再生医療の中でも脂肪由来幹細胞は特に強力な育毛効果を示す可能性があります。
※研究データの注意: ただし現時点では症例数数十名規模の報告が中心で、効果の程度には個人差があります。また研究ごとに評価方法が異なるため単純比較はできません。しかし「自分の幹細胞」で薄毛部分の毛が明らかに増えたという結果が各国から相次いで報告されていることは、大変希望の持てる事実です。
安全性と副作用について
「自分の細胞を使う」と聞くと安全なイメージがありますが、実際はどうでしょうか? 幸い、これまでの研究では重大な副作用は報告されていません。自己脂肪由来幹細胞は自分自身の組織なので、免疫による拒絶反応やアレルギーのリスクが極めて低いのが大きな利点です。従来の内服薬や外用薬のように全身への副作用(ホルモンへの影響や肝機能への負担など)もありません。
報告されている軽微な副作用としては、注射部位の痛み・腫れ、一時的な発赤や内出血などがあります。ただこれらは数日~1週間程度で自然に消失し、日常生活に支障をきたすものではありません。実際に30人を対象にした研究では、治療中および治療後に重篤な副作用は一例もなく、一部の患者に軽い痛みや腫れが見られた程度で全て自然軽快しています。幹細胞点滴の場合も発熱やアレルギー反応などの報告はなく、安全に施行されています。脂肪採取を行う部位(お腹等)が一時的に筋肉痛のような痛みを感じるケースもありますが、これも通常は数日で治ります。
重要なのは、治療を実施するクリニックが適切な手順と衛生管理のもとで幹細胞を扱っていることです。日本では再生医療等安全性確保法に基づき、厚生労働省に計画を提出した認可施設でのみこうした治療が行われます。信頼できる医療機関で受ける限り、自己脂肪幹細胞治療は非常に安全性が高いといえるでしょう。もちろん侵襲的な処置ですからリスクゼロとは言えませんが、現在まで大きなトラブルは報告されておらず、安心して治療に臨んでいただけます。
自己脂肪由来幹細胞を用いたFAGA治療は、「自分の細胞の力で髪をよみがえらせる」という画期的なアプローチです。原因そのもの(ホルモンや遺伝)を完全に取り除く治療ではありませんが、弱った髪の毛の土壌をしっかり耕し、水や肥料を与えてあげることで、細くなった髪が再びコシを取り戻し、ボリュームアップすることが期待できます。
専門用語では「組織の再生」といいますが、イメージとしては髪の毛の畑を元気にするお手伝いです。すでにご紹介したようにエビデンス(科学的根拠)も蓄積しつつあり、世界的にも注目される最新の治療法です。従来の育毛治療で効果が不十分だった方、飲み薬には抵抗がある方、自分の細胞で安全に治療したい方にとって、自己脂肪由来幹細胞治療は大きな希望となるかもしれません。一度の治療費は決して安くはありませんが、その分の価値を感じられる可能性があります。興味のある方は是非専門のクリニックで相談してみてください。あなた自身の細胞が、あなたの髪を救う力になりうるのです。
よくある質問(FAQ)
Q1. FAGAの症状は自分で簡単にチェックできますか?
A. はい。頭頂部や分け目の地肌が透けて見える、髪が細くボリュームが減ったなどを感じたらFAGAの可能性があります。鏡で頭頂部の写真を定期的に撮影して、薄毛の進行をチェックするのも効果的です。
Q2. 自己脂肪由来幹細胞治療は痛いですか?
A. ほとんどの方は大きな痛みを感じません。頭皮への注射は非常に細い針を使用し、麻酔クリームなどで対策を取ります。点滴の場合はさらに痛みが少なく、リラックスして治療を受けられます。
Q3. 脂肪採取は痩せている人でもできますか?
A. はい、痩せている方でも問題なく採取できます。必要な脂肪量はごく少量で済むため、体型に関わらずほとんどの方が治療可能です。
Q4. 1回の治療でも効果はありますか?
A. はい、1回でも多くの患者様で効果が確認されています。ただし、複数回の治療を行うことでさらに発毛効果が高まる可能性があります。治療後の状態を見て追加投与を検討することもできます。
Q5. 幹細胞治療後、髪が増えるまでどのくらいかかりますか?
A. 通常、治療後3ヶ月前後で発毛効果が現れ始めます。これは髪の成長サイクル(毛周期)によるもので、最終的な効果は6ヶ月〜1年後に最大化します。
Q6. 幹細胞治療と薬の治療を併用できますか?
A. はい、可能です。むしろ併用によりさらに高い発毛効果が期待されます。幹細胞が毛包を修復・活性化し、薬剤がホルモンバランスを整えるという相乗効果を得られます。
Q7. 幹細胞治療の効果は永久ですか?
A. 残念ながら永久的ではありません。年齢や遺伝要因などにより再び髪が弱る可能性があります。効果を維持するために、年に1度程度のメンテナンス治療を検討されると良いでしょう。
Q8. 治療後、日常生活に何か制限はありますか?
A. 基本的には制限はありません。治療直後のみ、激しい運動や飲酒、強いマッサージを控えていただく程度で、翌日からは通常の生活を送れます。
Q9. 他人の脂肪由来幹細胞を使った治療はできますか?
A. 原則として他人の脂肪幹細胞は使いません。自己脂肪由来幹細胞が最も安全で、拒絶反応やアレルギーのリスクが極めて低いためです。
Q10. 幹細胞治療を受けられないケースはありますか?
A. 基本的にはほとんどの方が受けられますが、妊娠中・授乳中の方、活動性のがんがある方、脂肪採取部位に感染症や炎症がある方は治療を見合わせる場合があります。詳しくは担当医とご相談ください。
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