エクソソームは細胞が分泌する小胞で、様々な生理活性物質を運ぶ「細胞間の宅配便」として注目を集めています。低い免疫原性と血液脳関門などの生理的バリアを通過できる特性を活かした治療応用が進んでいます。マウスでの実験では多くの研究が行われており、多くの病気に対する有用性が報告されています。
今回は、2021年時点での人間に対しての臨床試験データから見えてきたエクソソーム療法の可能性と課題についてご紹介します。
[参考にした論文] Clinical applications for exosomes: Are we there yet? D.Perocheau et al. Br J Pharmacol. 2021;178:2375–2392.
エクソソーム療法の最前線:臨床応用の現状と展望
がん治療:精密な標的化を目指して
がん治療では、特に3つのアプローチが注目されています。第一は、遺伝子治療です。M.D. Anderson Cancerが主導する臨床試験(NCT03608631)では、KrasG12D変異を持つステージIVの膵臓がん患者に対して、KrasG12D変異特異的siRNAを搭載したMSC由来エクソソーム使用エクソソームを用いた治療を試みています。腫瘍でのKRAS遺伝子発現を抑制する傾向がみられています。
第二は、免疫療法です。非小細胞肺癌に対して、2015年に実施された臨床試験(NCT01159288)です。樹状細胞由来のエクソソームに腫瘍抗原を搭載する試みが行われましたが、期待したT細胞応答は得られず、NK細胞の活性化にとどまりました。
第三は、腫瘍細胞由来エクソソームの利用です。神経膠腫に対しての臨床試験(NCT01550523)です。自己の腫瘍細胞から得たエクソソームを用いることで、チロシンキナーゼ受容体を阻害し腫瘍形成の抑制を狙っています。
抗炎症/免疫調節治療:バランスの回復を目指して
移植片対宿主病や1型糖尿病で臨床試験が行われています。間葉系幹細胞(MSC)由来のエクソソームが注目を集めています。移植片対宿主病の臨床試験(NCT04213248)では、炎症性サイトカイン応答の低下が確認され継続中です。
1型糖尿病の臨床試験(NCT02138331)では、臍帯血由来MSCエクソソームが使用されており、制御性T細胞の増加とTh1/Th2免疫バランスの回復が確認され、新たな治療オプションとして期待が高まっています。
COVID-19治療:新たな可能性
パンデミックを機に、エクソソーム療法のCOVID-19への応用研究が加速しています。複数の臨床試験が進行しています。
NCT04276987, NCT04313647では脂肪組織由来MSCエクソソームを使用し、肺障害の治療を目指しています。NCT04389385では、T細胞由来エクソソームのエアロゾル療法が研究されています。 NCT04602442, NCT04657406, NCT04491240では、ヒト羊水由来の製剤で、サイトカインストームの抑制効果が期待されています。
神経疾患治療:バリアを越えて
エクソソームの最大の利点の一つは、血液脳関門を通過できることです。この特性を活かし、パーキンソン病や脳卒中の治療への応用が研究され、効果が確認されています。特に、標的化を施したエクソソームによる治療戦略は、従来の治療法では到達困難だった脳の病変部位への薬物送達を可能にする可能性を秘めています。
これらの臨床試験データは、エクソソーム療法の多様な可能性が示唆されています。多くの試験がまだ進行中または結果未公表であり、今後のデータ蓄積が期待されます。
エクソソームが開く診断の新時代:疾患マーカーとしての可能性
エクソソームは細胞から分泌される小胞で、その内容物は親細胞の状態を反映します。体液中から検出できるため、低侵襲な診断マーカーとして注目を集めています。最新の研究から見えてきたエクソソームの診断応用の可能性についてご紹介します。
がんのバイオマーカーとして
タンパク質マーカー
がん細胞由来のエクソソームには、特徴的なタンパク質が含まれています。例えば:
- CD63(リソソーム関連膜タンパク質3):卵巣がん、肺がん、メラノーマの診断に有用
- EGFR(上皮成長因子受容体):神経膠芽腫の診断マーカー
- グリピカン-1:早期膵臓がんの検出に有効
- EGFR経路関連タンパク質:膀胱がんや腎障害の診断に応用
核酸マーカーとして
エクソソーム中のマイクロRNAは、がんの診断や予後予測に有用です:
- miRNA-21:食道扁平上皮がんの診断
- miRNA-139-5p、miRNA-378a:肺がんの診断
- miRNA-574-3p、miRNA-141-5p:前立腺がんの診断
神経変性疾患の早期診断
アルツハイマー病やパーキンソン病の早期診断にも応用が期待されています:
- アミロイドβペプチド:アルツハイマー病の診断マーカー
- リン酸化タウタンパク質:アルツハイマー病の進行度評価
- α-シヌクレイン:パーキンソン病の早期診断(健常者と比べて3-5倍の濃度差)
診断マーカーとしての利点
- 低侵襲性
・血液、尿、唾液など様々な体液から検出可能
・従来の生検に比べて患者負担が少ない
- 高感度
・早期段階での疾患検出が可能
・腫瘍の進行度や治療効果のモニタリングに有用
- 包括的情報
・タンパク質、核酸、脂質など多様な分子情報を含む
・疾患の多面的な評価が可能
将来展望
エクソソームを用いた液体生検は、がんをはじめとする様々な疾患の早期診断や治療モニタリングを革新する可能性を秘めています。特に、既存の診断法では検出が困難な早期段階での疾患発見や、治療効果の迅速な評価に道を開くことが期待されています。