はじめに
糖尿病(Diabetes Mellitus, DM)は、世界的に最も一般的な慢性疾患の一つであり、インスリン抵抗性と膵β細胞機能の低下を特徴とする2型糖尿病(2型糖尿病)と、自己免疫による膵β細胞破壊が主因の1型糖尿病(1型糖尿病)に大別されます。
従来の治療法として、インスリン療法や経口血糖降下薬が一般的ですが、根本的なβ細胞再生には至らず、血糖管理が困難な場合も少なくありません。
再生医療の進展により、幹細胞治療が糖尿病の新たな治療戦略として注目されています。幹細胞治療による膵β細胞の再生促進、インスリン抵抗性の改善、抗炎症作用が、有望な治療戦略として期待されています。今回のコラムでは、幹細胞治療の臨床的有効性と安全性を評価した最新の系統的レビューとメタアナリシス(多くの論文のデータをまとめて解析した論文)のデータを基に、1型糖尿病および2型糖尿病における幹細胞治療の効果、治療メカニズム、今後の展望について詳しく解説します。
[参考にした論文] The Clinical Efficacy and Safety of Stem Cell Therapy for Diabetes Mellitus: A Systematic Review and Meta-Analysis. Zhang. et al., Aging and Disease (2020). Vol11.141-155.
臨床試験の概要
本メタアナリシスでは、PubMed、Cochrane Central Register of Controlled Trials、EMBASE、ClinicalTrials.govのデータベースを用いて、2018年11月までに発表された21件の臨床試験(1型糖尿病:10件、2型糖尿病:11件)が選定されました。
- 1型糖尿病:226名の患者(骨髄造血幹細胞(BM-HSC)療法が主)
- 2型糖尿病:386名の患者(間葉系幹細胞(MSC)、骨髄単核球細胞(BM-MNC)療法が主)
フォローアップ期間:12週間(約3ヶ月)〜48か月
- C-ペプチドの増加(内因性インスリン産生の指標)
・6つの試験(115名の患者)の解析では、幹細胞治療を受けた患者のC-ペプチド値が12か月後に有意に増加(平均0.41増加, 95%信頼区間0.06〜0.76, P < 0.001)しました。
・骨髄由来造血幹細胞治療を受けた105名の患者では、C-ペプチドの増加が特に顕著(平均0.49増加, 95%信頼区間0.24〜0.74, P < 0.001)。
・間葉系幹細胞治療を受けた10名の患者ではC-ペプチド値に有意な変化なし(平均0.03増加, 95%信頼区間-0.01〜0.07)。 - HbA1cの低下(平均血糖値の指標)
・5つの試験(112名の患者)の解析では、治療後12か月でHbA1cが有意に低下(平均-3.46, 95%信頼区間-6.01〜-0.91, P < 0.001)しました。
・骨髄由来造血幹細胞治療を受けた104名の患者では、HbA1cの低下幅がより大きい(平均-4.11, 95%信頼区間-5.11〜-3.11, P < 0.001)。
・間葉系幹細胞治療(8名)では有意な変化なし(平均-0.04, 95%信頼区間-0.09〜0.01)。 - インスリン必要量の減少
・骨髄由来造血幹細胞治療後、152名中91名(約60%)がインスリンフリーに。
・間葉系幹細胞治療を受けた15名のうち3名(20%)がインスリンフリーを達成し、8名(53%)が50%以上のインスリン減量。
2型糖尿病における幹細胞治療の臨床効果
- C-ペプチドの増加
・7つの試験(100名の患者)では、治療後C-ペプチドが有意に増加(平均0.33増加, 95%信頼区間0.07〜0.59, P < 0.001)しました。
・骨髄単核球細胞治療を受けた58名では特に有意な増加(平均0.36増加, 95%信頼区間0.08〜0.64, P < 0.001)。
・間葉系幹細胞治療(42名)ではC-ペプチド値に有意な変化なし(平均0.24増加, 95%信頼区間-0.27〜0.76, P = 0.08)。 - HbA1cの低下
・9つの試験(187名)では、治療後HbA1cが有意に低下(平均-0.87, 95%信頼区間-1.37〜-0.37, P < 0.001)。
・間葉系幹細胞治療を受けた73名では、HbA1cが著明に低下(平均-1.54, 95%信頼区間-2.48〜-0.61, P < 0.001)。
・骨髄単核球細胞治療(114名)では有意な改善が認められず(平均-0.51, 95%信頼区間-1.13〜0.11, P < 0.001)。 - インスリン必要量の減少
・5つの試験(58名)で、インスリン必要量が35.76単位減少(95%信頼区間-40.47〜-31.04, P = 0.13)。
・間葉系幹細胞治療では31%がインスリンフリーを達成。
・骨骨髄単核球細胞治療では21%がインスリン不要となり、46%が50%以上のインスリン減量。
・36ヶ月フォローアップした患者群では、治療効果は6-18ヶ月でピークを迎え、その後緩やかな効果の減弱。糖尿病性網膜症、神経障害、腎症の発生率が減少。
幹細胞治療の安全性
- 1型糖尿病における副作用
・間葉系幹細胞治療:軽度の発熱(2.42%)、嘔吐、頭痛(0.81%)。
・骨髄由来造血幹細胞治療:軽度の副作用が大半だが、感染症10例(5.9%)、内分泌障害3例(1.8%)、死亡1例(0.59%)。 - 2型糖尿病における副作用
・間葉系幹細胞治療:発熱、吐き気、頭痛(3.2%)。
・骨髄単核球細胞治療:吐き気(6.14%)、注射部位の軽度の出血(2.63%)。
全体的に安全性は良好だが、特に間葉系幹細胞治療は有害事象が少ない。
まとめ
- 1型糖尿病には骨髄由来造血幹細胞が最も効果的(C-ペプチド増加、HbA1c低下、インスリン減少)。
- 2型糖尿病には間葉系幹細胞および骨髄単核球細胞が有望(間葉系幹細胞はHbA1c低下、骨髄単核球細胞はC-ペプチド改善)。