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COLUMN

2025.04.30
コラム

幹細胞上清液による慢性疼痛緩和:作用機序と最新エビデンス

慢性疼痛と新しい治療法の必要性

慢性疼痛、特に神経因性疼痛(神経の損傷や病気が原因の痛み)は、長期間続き日常生活に大きな支障をきたします。従来の痛み止め(鎮痛薬)では症状を十分に和らげられず、損傷した神経そのものを修復することはできません。そのため、新しい治療法への期待が高まっています。近年、細胞を使わずに効果を発揮する幹細胞上清液(かんさいぼうじょうせいえき)に注目が集まっています。

これは、乳歯の歯髄や臍帯血、脂肪組織、骨髄などから採取した間葉系幹細胞(様々な組織に分化する能力をもつ幹細胞)を培養し、その培養液上澄みに含まれる有効物質の混合液です。幹細胞上清液には、幹細胞が放出したサイトカインや成長因子エクソソーム(細胞外小胞)などが含まれており、これらが組み合わさって治癒を促す「カクテル」のように作用します。このコラムでは、幹細胞上清液が慢性疼痛、とりわけ神経因性疼痛にどのように効果を示すのか、その作用メカニズムと最新の研究結果、そして安全性について解説します。

幹細胞上清液の作用機序(痛みを和らげる仕組み)

幹細胞上清液には抗炎症作用組織修復促進作用があり、多方面から痛みを抑えると考えられています。間葉系幹細胞は損傷部位で免疫や炎症を調節し、傷ついた神経の軸索再生や髄鞘(ミエリン)再形成を促進し、新しい血管の成長(血管新生)を助けるとともに、神経を保護・再生するさまざまな神経栄養因子を分泌します

例えば、乳歯由来の幹細胞(SHED)の上清液には、神経成長因子(NGF)や脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア由来神経栄養因子(GDNF)、血管内皮増殖因子(VEGF)など神経の成長や生存を助ける因子が多数含まれていることが報告されています。これらの因子が神経細胞の生存を支え、損傷した神経回路の再構築を促すことで、痛みの原因そのものに働きかけます。

同時に、幹細胞上清液は過剰な炎症反応を鎮める働きがあります。神経因性疼痛では、神経系の免疫細胞であるミクログリア(脊髄などに存在するグリア細胞の一種)が活性化し、炎症性の物質を放出して痛みを悪化させます。幹細胞上清液を投与すると、損傷後に暴走したミクログリアを元の安静な状態に戻し、脊髄の炎症反応を減弱させることが動物研究で示されています。実際、幹細胞上清液は神経損傷モデル動物の脊髄で、痛みを引き起こす炎症性サイトカイン(例えばインターロイキンや腫瘍壊死因子など)の産生を減少させ、逆に炎症を抑える抗炎症性サイトカイン(インターロイキン10TGF-βなど)の産生を増加させていました

さらに、幹細胞上清液中のエクソソーム(幹細胞由来の極小の分泌小胞)は、受け取った細胞(例えばミクログリア)の内部で不要なたんぱく質を処理・分解する過程(オートファジー)を活性化し、その結果ミクログリアの炎症誘発活性を抑制することも報告されています

このように、幹細胞上清液は**「炎症を鎮めて修復を促す」**という二重の作用機序で、慢性疼痛を根本から和らげる可能性があるのです

神経因性疼痛への治療効果(エビデンスと臨床データ)

動物実験の段階では、神経因性疼痛に対する幹細胞上清液の有効性は繰り返し示されています。たとえば、坐骨神経の損傷や糖尿病による末梢神経障害を起こした動物モデルでは、骨髄由来または脂肪由来の幹細胞上清液を静脈投与することで、痛みに対する過敏な反応(触れていないのに痛みを感じるアロディニアなど)が明らかに軽減し、その鎮痛効果は幹細胞そのものを移植した場合と同程度であることが報告されています

さらに、別の研究では乳歯由来幹細胞(SHED)の上清液を神経損傷モデルのマウスに1回静脈注射したところ、痛みの過敏症状が劇的に改善しました。脊髄で亢進していたミクログリアやアストロサイト(別のグリア細胞)の異常な活性化が抑えられ、神経の損傷マーカーも減少したと報告されています

これは幹細胞上清液が神経の炎症を沈め、神経細胞のダメージを軽減したことを示唆します。

ヒトでの臨床研究は少しずつ成果が報告されています。日本からの報告では、慢性の関節痛や筋肉痛に悩む患者16名に対し、脂肪由来幹細胞の上清液を患部に注射し経過を追ったところ、注射後わずか15分で痛みが軽減し始め、その効果は1週間から4週間後まで持続しました。患者が自己評価した痛みの数値(NRS※)は、初回の治療前に比べ治療後に有意に低下し、最も痛みが強い時の程度も4週間後には明らかに改善していました

※NRSNumerical Rating Scale):痛みの強さを0(痛みなし)から10(耐え難い痛み)までの数値で表す評価法。

こうした研究からは、幹細胞上清液治療によって神経因性疼痛が和らぐ可能性が示唆されています。今後、さらに大規模な臨床試験が進めば、慢性疼痛に対する有効性がより明確になるでしょう。

安全性に関するデータ(副作用とリスク評価)

幹細胞上清液による治療は、現在までのところ良好な安全性プロファイルを示しています。最大の利点は、細胞を直接移植する必要がないため、拒絶反応や腫瘍形成などのリスクが低いことです

実際、多数の動物モデルの研究では幹細胞上清液の投与によって明らかな有害事象は報告されていません。また前述の慢性疼痛患者への投与試験でも重篤な副作用は認められませんでした。もっとも、治療法自体が新しいため、長期的な安全性については引き続き評価が必要です。

他の痛み(関節痛など)への効果と今後の展望

幹細胞上清液の鎮痛効果は神経因性疼痛に限らず、炎症性の痛みや関節痛にも応用できます。

例えば、変形性関節症(膝の軟骨すり減りによる関節痛)の動物モデルでは、幹細胞上清液を患部に注射することで痛みの過敏反応が軽減し、関節の炎症マーカーも減少しました。前述の慢性痛患者16名の報告でも、膝関節や腰部など様々な部位の痛みが上清液の局所注射によって改善しており、関節痛や筋肉痛に対する有効性が示唆されています

このように、幹細胞由来の治療は関節疾患や他の難治性疼痛にも応用の幅が広がっており、上清液による細胞を使わない治療も同様の効果が期待されます。

まとめ

幹細胞上清液は、幹細胞が作り出す「痛みを和らげる物質のセット」であり、慢性疼痛の新たな治療戦略として大きな期待が寄せられています。その作用は炎症を鎮め神経を修復するという包括的なもので、従来の薬物療法では得られなかった神経そのものの保護・再生効果をもたらす点が魅力です。特に神経因性疼痛の分野では、動物研究を中心に顕著な痛みの軽減が示され、人での安全性・有効性も報告され始めています。現時点で重大な副作用の報告はなく、安全性は概ね良好です。

今後の研究の進展により、この先端治療が一般の医療現場で実用化され、痛みに悩む多くの方々のQOL(生活の質)向上に寄与することが期待されます。

引用文献
Does mesenchymal stem cell’s secretome affect spinal sensory circuits? Implication for pain therapies. Ferrini F, et al. Neural Regen Res. 2024 Apr 3;20(1):181–183.
Advances and challenges in cell therapy for neuropathic pain based on mesenchymal stem cells. Zhang WJ, et al. Front Cell Dev Biol. 2025;13
Dental Mesenchymal Stem Cell Secretome: An Intriguing Approach for Neuroprotection and Neuroregeneration. Gugliandolo A, et al. Int J Mol Sci. 2021 Dec 31;23(1):456.
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Effects of Combined Intrathecal Mesenchymal Stem Cells and Schwann Cells.
Transplantation on Neuropathic Pain in Complete Spinal Cord Injury: A Phase II Randomized Active-Controlled Trial. Akhlaghpasand M, et al. Cell Transplant. 2025 Jan 28;34

 

 

著者紹介

若林雄一

若林 雄一

セルグランクリニック 院長

医学博士
アメリカ再生医療学会専門医
放射線診断専門医
核医学専門医

【略歴】
アメリカ再生医療学会認定専門医資格を有し、神戸大学病院やアメリカ国立衛生研究所(NIH)で培った経験をもとに、患者様一人ひとりのニーズに応じたオーダーメイド医療を提供しています。

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