変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう、膝OA)は、膝の軟骨(なんこつ)がすり減って痛みや関節の動かしにくさを引き起こす病気です。進行すると日常生活にも支障が出てしまいますが、残念ながら軟骨を元どおりに再生させる確実な治療法はまだありません。現在の治療は痛み止めやヒアルロン酸注射など対症療法が中心で、重症化すると人工膝関節の手術が検討されます。
そこで近年、新たな再生医療の選択肢として注目されているのが「自己脂肪由来幹細胞(じこしぼうゆらいかんさいぼう)治療」です。これは自分の脂肪から取り出した幹細胞(※体の様々な細胞に分化できる細胞)を培養(試験管内で増やすこと)して数千万個以上まで増やし、それを膝関節に注射する治療法です。自分自身の細胞を使うため拒絶反応のリスクが低く、幹細胞が軟骨などに分化・組織修復を促す可能性が期待されています。
今回は、この自己脂肪由来幹細胞(特に培養幹細胞)を用いた変形性膝関節症治療について、痛みへの効果や軟骨再生の可能性, 投与回数・投与細胞数の違い, 安全性, 国内外の研究状況といったポイントを、患者さん向けに分かりやすく解説します。

1. 痛みの軽減や関節機能の改善効果(単回投与 vs 複数回投与)
膝OAに対する脂肪由来幹細胞治療で、まず患者さんが気になるのは「痛みは和らぐのか」という点でしょう。これまでの国内外の臨床研究によると、脂肪由来幹細胞を膝に注射することで痛みが軽減し、膝の機能(曲げ伸ばしや歩行能力)が改善したと報告するものが多くあります。例えば、20名を対象にした海外の厳密な臨床試験(プラセボ比較試験)では、脂肪由来幹細胞を関節内に1回注射したグループで膝の痛みスコアが有意に改善し、6か月後までプラセボ群より痛みが少なかったことが示されています。また日本からの報告でも、治療後3か月頃から痛みの軽減がみられ、その効果が1~2年程度持続するケースが報告されています。
では複数回注射すると効果は高まるのでしょうか? これについてはまだ研究数が限られますが、一部の研究では追加の幹細胞注射でさらなる改善が得られる可能性が示唆されています。実際、50×10^6個(5,000万個)の脂肪幹細胞を年に2回注射した海外の研究では、2回目の注射後に痛みや膝機能がもう一段階改善し、それに伴いMRI検査で軟骨量の増加も確認されたと報告されています(※50×10^6は5,000万個のことです)。日本で行われた比較研究(単回 vs. 2回注射)でも、1回の注射で効果が持続した軽症例に対し、変形の強い膝では2回注射で24か月後により良い症状改善が得られたという結果が出ています。ただし、全ての患者さんで追加注射が必要というわけではなく、効果の持続期間や最適な注射タイミングについては今後の研究課題です。
2. 軟骨や半月板などの周囲組織の再生可能性
脂肪由来幹細胞治療のもう一つの大きな目的は、すり減った軟骨そのものを再生できないかという点です。幹細胞には軟骨細胞に分化する潜在能力があり、動物実験では損傷した軟骨が再生する現象が確認されています。では、人の膝OAで実際に軟骨再生は起こるのでしょうか?
少人数の臨床研究ではありますが、軟骨が修復されたことを示す有望な所見が報告されています。韓国で行われたある研究では、膝OA患者に自己脂肪幹細胞を1億個注射した後、6か月経過時に関節鏡で軟骨を観察しました。その結果、膝の軟骨欠損部が縮小し、新しく滑らかな軟骨様の組織が覆うように再生していたことが確認されています。また中国のSongらの研究でも、幹細胞3回投与により関節軟骨の体積が増加したと報告されており、画像上軟骨量の改善が認められています6か月という短期では、幹細胞を投与した群で軟骨欠損に大きな変化がなくとも対照群では軟骨が悪化しているのに対し、幹細胞群では悪化が抑えられる(進行を食い止める)という報告もあります。
つまり、軟骨の維持・保護効果も期待できます。MRI画像でも同様に、治療前には薄くなっていた軟骨の厚みが増していたとの報告です。別のプラセボ対照試験でも、幹細胞を投与した群で膝蓋骨や脛骨の一部で軟骨の厚みが有意に増加しており、幹細胞が軟骨の修復・再生を促した可能性が示唆されています。このように、現時点の研究ながら軟骨が部分的に再生・修復する可能性が報告されており、将来的には軟骨のすり減り自体を治療できる「軟骨再生医療」として期待が高まっています。
一方、膝には半月板(はんげつばん)というクッションの役割をする軟骨組織もあり、変形性膝関節症では半月板の傷みも痛みや機能障害の一因となります。幹細胞治療で半月板も再生できるかについては、軟骨以上に研究数が限られますが、動物実験では良い結果が出ています。たとえば関節内に幹細胞を複数回注射することで損傷した半月板が再生したとの報告があり、幹細胞が半月板の組織修復を促す可能性が示されています。人の臨床でも、まだ症例報告レベルですが「幹細胞治療後にMRIで半月板の形態が改善した」といった報告が散見されます。ただし現時点では半月板への効果は軟骨以上にエビデンスが乏しく、今後の研究で確認が必要です。
3. 投与細胞数による効果の差(3000万・5000万・1億個の比較)
脂肪由来幹細胞治療では、何個くらいの幹細胞を注射するのが効果的かも重要なポイントです。臨床研究では概ね数千万個(数×10^7)のオーダーで投与されることが多く、具体的には3,000万個(0.3×10^8)、5,000万個(0.5×10^8)、1億個(1.0×10^8)といった規模の比較が報告されています。現時点では明確な「最適細胞数」は定まっていませんが、いくつかの研究から細胞数と治療効果の関係が議論されています。
例えば、前述した韓国の研究(低用量1,000万 vs 中用量5,000万 vs 高用量1億)では、最も多く細胞を入れたグループ(1億個)で痛み・機能の改善が最も優れており、軟骨修復も顕著だったと報告されています。この結果から研究者らは「十分な数の幹細胞を入れることが臨床効果に重要」と結論づけています。実際、高用量群では2年後の経過観察でも効果が維持し、低用量群との差が続いていたとのことです。
しかし、すべての研究が「多ければ多いほど良い」という結論ではありません。フランスで行われた別の初期試験では、低用量(200万個)・中用量(1,000万個)・高用量(5,000万個)に分けて経過をみたところ、意外にも低用量群でのみ有意な症状改善が見られ、高用量群では明確な差が出なかったという報告もあります。この理由について研究者は、初期状態の差(症状が重い人ほど改善幅が大きく見える傾向など)が影響した可能性を指摘しています。実際、症状の重い患者さんほど治療後の主観的な改善を強く感じやすいことが知られていますし、重度の炎症環境下ではむしろ少ない細胞数の方が細胞の働きが引き出されやすい可能性も議論されています。
中国のSongらの研究でも、1千万・2千万・5千万個の3群比較で5千万個群が最も痛みと機能の改善幅が大きく、軟骨容積増加も顕著でした。著者らは「有効な軟骨再生には最低1,000万個以上の幹細胞が必要」と示唆しており、概ね投与細胞数が多いほど効果も高い傾向が示されています。実際、いくつかの報告では投与細胞数と軟骨再生量に相関が見られています。
近年のメタ解析(RCT16件を対象)では、用量区分(低:2500万以下、中:2500万~5000万、高:5000万超)のいずれでも12か月以内の痛み・機能改善効果は認められたものの、高用量群が最も効果が大きかったと総括されています。高用量では初期(投与後3~6か月)の疼痛・機能の改善が特に顕著だったという結果です。このように概ね用量依存性に効果が増大する一方、副作用も用量増加に伴い増える傾向が示唆されました。臨床応用においては効果と安全性のバランスから用量選択が重要であり、今後最適用量の確立に向け大規模試験が望まれています。

4. 副作用・安全性(急性炎症反応など)
再生医療とはいえ安全性はやはり心配ですよね。幸い、これまでの臨床研究では脂肪由来幹細胞の関節内投与による重篤な副作用はほとんど報告されていません。複数の試験で安全性が評価されていますが、例えばフランス・ドイツ合同の研究では「6か月間の追跡で治療に関連する重い副作用はなく、安全に施行できた」と結論づけられています。同様にオーストラリアで行われた40名規模の比較試験(後述)でも幹細胞を投与した群に重篤な有害事象は認められなかったと報告されています。このように、現在までのところ命に関わるような重大なリスクは確認されていない点は安心材料です。
もっとも、全く副作用がないわけではありません。報告されているのは一過性の膝の腫れや疼痛の増悪です。注射後に一時的に関節が炎症反応を起こし、痛みや腫れが出る場合があるのです。実際、前出のフランスの試験では18名中4名(約20%)に注射後の一過性の関節痛・腫脹が見られましたが、いずれも数日~数週間で改善しています。また、投与する細胞数が多いほど注射直後の炎症反応が強まる可能性も指摘されており、他の幹細胞(例: 骨髄由来)を用いた研究では最高用量群で膝の腫れや痛みが多く出たとの報告もあります。したがって、治療後しばらくは膝の様子を注意深くモニターし、必要に応じて消炎鎮痛剤などで対処することが大切です。
なお、関節内注射で一般的に注意すべき感染症(細菌による化膿)については、幹細胞治療特有のリスクが高いという報告は今のところありません。無菌操作で細胞培養・注射が行われており、現在までの臨床試験で注射に関連した感染症は報告されていません。もちろん理論上はリスクゼロではないため、施術の際には清潔操作や細胞製剤の品質管理が重要です。総じて、自己脂肪由来幹細胞治療は比較的安全に施行可能と考えられていますが、新しい治療である以上は今後も長期的な安全性データの蓄積が必要でしょう。
5. 国内外の研究データ・臨床研究・再生医療等製品の現状
自己脂肪由来幹細胞治療はまだ保険診療ではなく研究段階の医療です。しかし世界的に研究が活発で、近い将来の実用化を目指した臨床試験(治験)が数多く行われています。海外ではすでに大規模な臨床試験も報告され始めています。
例えばオーストラリアのグループは、ドナーから提供された脂肪由来幹細胞を製品化した「オフザシェルフ」(出来合い)の細胞治療製剤について、変形性膝関節症への効果を検証しました。40名を対象にした二重盲検試験では、この製剤を関節注射した群で12か月後に75%近くの患者さんが「痛みや日常生活動作が臨床的に有意に改善した」と判定され、プラセボ群に比べ有意に高い改善率でした。さらにMRI解析では、軟骨の容積減少(OAの進行)がプラセボ群より抑えられる傾向も示され、疾患そのものの進行を遅らせる軟骨保護効果の可能性も示唆されています。このように海外では痛みの改善だけでなく病気の進行抑制まで視野に入れた最先端の研究が進んでおり、現在もアメリカやヨーロッパ、アジア各国で臨床試験が行われています。
日本国内でも、大学病院や民間クリニックで臨床研究や自由診療の形で幹細胞治療が実施されています。日本では2014年に「再生医療等安全性確保法」が施行され、再生医療を提供する場合はあらかじめ計画を国に提出し審査を受ける必要があります。脂肪由来幹細胞治療もこの制度の下で「特定認定再生医療等委員会」による審査・厚生労働省への届け出を経て提供されているのが現状です。現在までに自家脂肪由来幹細胞を用いた膝OA治療の安全性試験が国内数施設で報告されており(例:大阪府内クリニックでの少人数試験)、大きな問題なく施行できていることが確認されています。また、神戸大学を中心とした研究では自家脂肪由来の「間葉系幹細胞様細胞(SVF)」を用いた治療が試みられ、2年間の経過で痛みや機能が改善し軟骨の状態指標も向上したとの結果が報告されました。一方で、2025年現在、本邦で承認された膝OA向けの再生医療等製品(医薬品・医療機器として正式承認された製剤)は存在しません。将来的に効果と安全性が確立されれば、保険診療として提供される可能性もありますが、現時点では患者さん自身の費用負担による先進的治療という位置づけです。
以上のように、自己脂肪由来幹細胞を用いた変形性膝関節症の治療は痛みの軽減や関節機能の改善が期待できる有望な再生医療です。
さらに軟骨の再生や膝関節の構造修復につながる可能性も示され、将来的には関節症の進行を食い止める根本治療になり得るかもしれません。ただし、まだ研究段階であり効果の個人差や最適な治療プロトコル(細胞数や回数など)について不明な点も多くあります。安全性は概ね良好と報告されていますが、新しい治療ゆえに長期的な有効性・安全性のデータ集積が必要です。興味のある方は治療を受けられる施設で十分に説明を受け、臨床研究への参加という形で慎重に検討されるとよいでしょう。このコラムが、患者さんにとって膝OA治療の最新動向を理解する一助となれば幸いです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 自己脂肪由来幹細胞治療はどの程度の膝OA患者に適していますか?
A. 軽症から中程度の変形性膝関節症患者さんが特に良い効果を得られやすいですが、重症の患者さんでも痛みや機能の改善が報告されています。
Q2. 幹細胞を採取する際や膝への注射時の痛みはありますか?
A. 脂肪採取は局所麻酔で行うため、ほぼ痛みはありません。膝への注射は通常の関節注射と同様に多少の痛みや違和感を伴うことがありますが、多くの方は耐えられる範囲内です。
Q3. 一度の治療で効果はどのくらい続きますか?
A. 多くの研究で数ヶ月~1年以上の効果持続が報告されています。症状や患者さんの状態によっては追加投与(複数回注射)でさらなる効果を得るケースもあります。
Q4. 治療を受けてからどのくらいで効果を実感できますか?
A. 多くの患者さんは治療後1~3か月以内に痛みの軽減や関節の動かしやすさを実感します。徐々に改善が進み、6か月頃までに最大の効果が得られることが多いです。
Q5. 幹細胞治療と従来の治療(ヒアルロン酸注射、痛み止め薬)は併用できますか?
A. はい、併用は可能です。幹細胞治療後は痛み止めやヒアルロン酸注射の必要性が減ることも期待されますが、勝手に中止せず主治医の指導の下で進めてください。
Q6. 幹細胞治療が受けられないケースはありますか?
A. 活動性の感染症、がん治療中の方、免疫が著しく低下している方、妊娠中の方は幹細胞治療が適さない場合があります。治療前に医師による詳しい診察・評価が必要です。
Q7. 幹細胞治療は保険適用されますか?
A. 現在、日本国内では自己脂肪由来幹細胞治療は研究段階のため、保険適用外の自由診療です。そのため治療費は高額になることがありますので、事前に費用をクリニックで確認しましょう。
Q8. 幹細胞治療後の日常生活で気をつけるべきことはありますか?
A. 治療後数日は関節を酷使しないよう安静が推奨されます。炎症を悪化させる過度な運動は避け、適度なウォーキングや軽い運動、筋力強化を徐々に行うと治療効果を高められます。
Q9. 自己脂肪由来幹細胞治療の安全性に問題はないでしょうか?
A. 現在までに重大な副作用は報告されておらず安全性は良好とされています。ただし、注射後一時的に膝が腫れたり痛みが増すなどの軽度の副作用が報告されているため、治療後は医師とよく連絡を取りながら経過観察が必要です。
Q10. 幹細胞治療を受ける場合、どのようなクリニックを選ぶべきでしょうか?
A. 厚生労働省への届け出や認定を受けた施設、幹細胞治療の経験が豊富で安全性や培養技術に高い評価を得ているクリニックを選ぶことが重要です。十分なカウンセリングやフォローアップを提供する施設をおすすめします。
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