尋常性乾癬とはどんな病気?
尋常性乾癬(じんじょうせいかんせん)は、皮膚に赤く盛り上がった発疹と銀白色のうろこ状の皮膚(鱗屑〈りんせつ〉)が現れる慢性的な炎症性皮膚疾患です。主にひじ、ひざ、背中などに症状が出やすいですが、全身のどこにでも生じる可能性があります。
乾癬は自己免疫による病気と考えられており、体質(遺伝的な要因)に加えて、ストレスや感染症、皮膚の外傷などの要因がきっかけで発症・悪化するとされています。免疫システムが誤って皮膚を攻撃し、炎症を引き起こすことで皮膚細胞の生まれ変わり(ターンオーバー)が通常より速くなり、未成熟な細胞が厚く堆積してあの特徴的な発疹が形成されます。乾癬そのものは他人にうつる病気ではありませんが、慢性的に経過し、見た目の問題やかゆみのために日常生活の質が損なわれたり、精神的ストレスを引き起こすことがあります。

乾癬の原因と病態メカニズム
乾癬の発症には遺伝的な素因と環境要因が複雑に関与しています。最近の研究では、インターロイキン23(IL-23)/Th17経路と呼ばれる免疫の仕組みが乾癬の鍵を握ることがわかっています。具体的には、皮膚で働く樹状細胞という免疫細胞がIL-23などの炎症性物質を放出し、それによりヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞が活性化されて大量のインターロイキン17(IL-17)などの炎症物質を産生します。
このIL-17などのサイトカインが表皮のケラチノサイト(皮膚の細胞)に作用して細胞増殖や炎症反応を増幅させ、結果として乾癬の赤く厚い皮疹が形成されます。現在使われている生物学的製剤(バイオ医薬品)の中には、このIL-17やIL-23を直接狙って抑える薬もあり、乾癬治療に高い効果を示しています。しかし、こうした薬剤でも完全に病変を治せるわけではなく、治療を中断すると再燃(悪化)しやすいことや、長期使用に伴う感染症リスクなど副作用の問題が残されています。
自己脂肪由来幹細胞療法とは
ここ数年、新たな治療法として研究されているのが自己脂肪由来幹細胞(幹細胞: adipose-derived stem cell)を用いた療法です。その名の通り脂肪組織から採取される幹細胞のことです。患者自身の体から少量の脂肪(例えば腹部など)を採取し、特殊な処理によって脂肪中に含まれる間葉系幹細胞(免疫調節能力を持つ幹細胞)を分離・培養します。
こうして得られた自分自身の幹細胞を点滴(静脈内投与)で体内に戻すことで、過剰になっている炎症反応を抑え、皮膚の正常な回復を促す狙いがあります。幹細胞はもともと免疫を調節する作用や炎症を鎮める作用が強いことが知られており、再生医療の分野で注目されています。乾癬に対する幹細胞療法では、患者さん自身の脂肪由来幹細胞を一定量ずつ培養し、それを数回に分けて静脈点滴する方法(例えば0週・4週・8週の3回投与など)が試みられています。
幹細胞は乾癬にどう作用するのか?
幹細胞がなぜ乾癬に有効だと期待されているのでしょうか。その大きな理由は、幹細胞が持つ免疫のコントロール作用にあります。幹細胞は体内で炎症の強い部分を感知すると、そこで炎症を鎮める物質(サイトカインや成長因子など)を放出し、暴走した免疫反応を落ち着かせる働きがあります。具体的には、幹細胞が分泌するインターロイキン-10(IL-10)やプロスタグランジンE2(PGE2)といった因子は、乾癬の炎症を主導するTh17型のT細胞などの働きを抑制します。
一方で、制御性T細胞(Treg)という“免疫のブレーキ役”の細胞を増やす効果も報告されています。さらに幹細胞は樹状細胞やマクロファージなど他の免疫細胞にも作用して、それらが放出するサイトカイン(炎症を起こす信号物質)のプロファイル(バランス)を変えることもできます。要するに、幹細胞は多方面から免疫系に働きかけ、乾癬で過剰になっている炎症反応を穏やかに鎮めてくれると期待されているのです。
臨床研究で示された効果と安全性

上の写真は、ある臨床研究に参加した尋常性乾癬患者さんの背中の皮疹を、治療前(左端)から治療開始後4週・8週時点(中央2枚)、そして治療終了から約1年後(右端)にかけて比較したものです。自己脂肪由来幹細胞の点滴治療によって、赤く厚みのあった皮疹が大幅に改善しているのがわかります。実際、この患者さんのPASIスコア(乾癬の重症度を表す指標)は治療前の9.3から52週後には3.3まで低下し、皮疹が出現している体表面積(BSA)も11.7%から6.8%まで減少しました。
このように、幹細胞療法によって乾癬の皮膚症状が改善する可能性が示唆されていますが、実際の効果や安全性についてはこれまでいくつかの小規模な臨床研究や症例報告があるのみです。2021年に中国で行われたパイロット試験では、中等症から重症の尋常性乾癬患者7名に対し、0.5×100万細胞/体重kgの幹細胞を4週間ごと(合計3回)静脈点滴投与する治療が実施されました。その結果、この治療は安全に実施可能であり、治療に関連する重篤な副作用(有害事象)は認められませんでした。副次的な効果としては、少数ながら皮疹の改善が長期間持続した例も報告されています。例えば、この試験では2名の患者が治療開始から1年後の時点で追加の薬物療法なしにもPASIスコアが50%以上改善した状態(PASI-50)を維持できました。
さらに2022年には別の臨床研究として、ヒトのへその緒から採取した幹細胞(臍帯由来間葉系幹細胞)を乾癬患者に点滴投与する試験も報告されました。この研究(Phase 1/2a試験、被験者17名)でも幹細胞療法の安全性と予備的な有効性が確認され、「幹細胞の点滴は安全であり、一部の患者では症状の部分的改善が見られた」と結論づけられています。興味深いことに、この試験では治療後に患者さんの血液中で制御性T細胞(炎症を抑える免疫細胞)の割合が有意に増加していたことも報告されており、免疫バランスの変化と治療効果の関連が示唆されました。実際、効果が大きかった患者では治療後にIL-17などの炎症物質の減少も確認されており、幹細胞によるTreg/Th17軸の調整が乾癬改善に寄与している可能性があります。
このような臨床研究および症例報告から、幹細胞療法による乾癬改善例はいくつか示されています。例えば、2018年の症例報告では、全身に重度の乾癬病変を抱えていた患者さんに対し自己脂肪から抽出した間質細胞画分(SVF)を静脈点滴したところ、わずか1か月後にPASIスコアが50.4から0.3まで劇的に改善し、皮膚病変がほとんど消失しました。また別の報告では、メトトレキサート(免疫抑制剤)の内服でコントロールしていた乾癬患者さんが幹細胞の点滴を受けた結果、PASIスコアが24.0から8.3に低下し、その後約10か月間、内服薬なしでも症状の悪化なく過ごせた例も報告されています。幸い、これらのケースでは重篤な副作用も認められず、点滴後に一時的な発熱が見られた程度で安全に治療が行われました。総じて幹細胞療法は少なくとも少人数の試験では良好な安全性を示しており、大半の患者で重大な副作用なく実施できています。
もっとも、現在までのところ症例数は限られており、多くは対照群(プラセボなど)を置かない予備段階の研究です。治療効果の現れ方や持続期間にも個人差があり、すべての患者さんに有効と断言できる段階には至っていません。とはいえ世界的に研究開発は活発で、中国をはじめ各国で複数の臨床試験(第I相・II相試験)が進行中です。今後、これらの試験結果によりさらなるエビデンスが蓄積すれば、幹細胞療法の真の有効性や最適な投与プロトコル、安全性プロファイルが明らかになってくるでしょう。
従来の治療との比較と今後の展望
現行の乾癬治療には、外用療法(ステロイドやビタミンD製剤)、光線療法、内服薬(シクロスポリン、レチノイド、メトトレキサートなど)、さらには生物学的製剤(TNF-αやIL-17、IL-23を標的とした注射薬)など様々な選択肢があります。これらの薬剤により多くの患者さんで症状コントロールが可能になってきましたが、完全に病変を治せる治療法は未だなく、治療を中断すると再燃しやすい点は共通しています。
特に生物学的製剤は効果が高い反面、長期にわたって定期的な投与が必要であり、その間は感染症(例えば結核や帯状疱疹など)にかかりやすくなる副作用リスクがあります。これに対し、幹細胞療法では数回の点滴によって免疫バランスを正常化し、比較的長い寛解状態(症状が落ち着いた状態)を維持できる可能性が示されています。例えば上述したケースでは、幹細胞点滴後に数か月から1年以上にわたり追加の治療なしで症状が安定する経過がみられました。副作用の面でも、これまでのデータ上は重い感染症や臓器障害等の深刻な合併症は報告されておらず、発熱など一過性の軽い症状に留まっています。
もちろん、この治療法はまだ試験段階であり、効果のばらつきや最適な投与量、費用や施術の手間など課題も多く存在します。しかし、既存の治療で十分な効果が得られない患者さんや、副作用のため従来の薬剤が使えない患者さんにとって、幹細胞療法は将来有望な新たな選択肢になり得ると期待されています。今後、大規模な臨床試験により有効性が確立され安全性も確認されれば、乾癬治療の新たな一手として実用化される可能性があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 自己脂肪由来幹細胞療法は乾癬にどのくらい効果がありますか?
A. 臨床研究では一定の皮疹改善効果が報告されていますが、症状の程度や効果の持続期間には個人差があります。まだ研究段階ですが、長期間の症状改善を示した患者さんもいます。
Q2. 幹細胞点滴治療は安全でしょうか?
A. 現在までの研究では重篤な副作用は報告されておらず、安全性は良好と考えられています。ただし、一時的な軽い発熱や倦怠感が起こることがあります。
Q3. 治療を受ける際に痛みや負担はありますか?
A. 脂肪採取時は局所麻酔でほとんど痛みはなく、点滴も通常の静脈注射と同様に軽い負担です。身体的な侵襲は比較的小さい治療です。
Q4. 幹細胞療法は何回くらい受ける必要がありますか?
A. 臨床試験では通常3~4週間ごとに計2~3回程度の投与が行われています。最適な投与回数や間隔については今後の研究で明らかになるでしょう。
Q5. 幹細胞治療の効果はどのくらい持続しますか?
A. 個人差がありますが、報告によると数か月から1年以上症状が改善したまま安定した例もあります。持続期間については今後さらにデータが必要です。
Q6. 従来の乾癬治療(生物学的製剤など)と併用はできますか?
A. 基本的に併用可能ですが、治療の際には医師と十分に相談する必要があります。幹細胞療法により、従来薬の使用量を減らすことが期待できる場合もあります。
Q7. 治療を受けられない方はいますか?
A. 重度の感染症や活動性のがんなどを有する方、妊娠中の方などは治療を控える場合があります。詳しくは専門医の評価が必要です。
Q8. 幹細胞療法は保険適用されますか?
A. 現在は研究段階であり保険適用外の自由診療となります。費用は高額になる場合もあるため、事前に確認しておくことが大切です。
Q9. 治療後、日常生活で特別なケアは必要ですか?
A. 特別なケアは不要ですが、治療直後は無理をせずゆったりと過ごすことをおすすめします。定期的な経過観察を受けることが重要です。
Q10. この治療を受けるにはどのような施設を選ぶべきですか?
A. 国や専門機関の認可を受けた信頼できる再生医療専門クリニックで治療を受けるのが望ましいです。主治医と相談し、実績と信頼性のある施設を選びましょう。
参考文献
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