多系統萎縮症(MSA)は、国の指定難病17号に指定されている進行性の神経変性疾患です。発症から数年で歩行や自律神経機能が大きく低下し、現在のところ進行そのものを止められる治療は確立されていません。
ただ、ここ数年で疾患修飾療法(disease-modifying therapy)と呼ばれる「進行を遅らせる」治療候補の臨床試験が複数発表され、徐々に光が見えはじめています。
この記事では、再生医療を専門とする医師の立場から、
- MSAという病気の現在の理解(症状・原因・進行・予後)
- なぜ既存治療では進行を止められないのか
- 2026年時点で研究が進む「最新治療」の全体像
- 特に間葉系幹細胞(MSC)治療の臨床試験データ
を、医学論文をもとにわかりやすくまとめます。
多系統萎縮症(MSA)とは ─ 指定難病第17号の基本情報
多系統萎縮症(MSA:Multiple System Atrophy)は、脳のさまざまな部位(線条体、黒質、小脳、橋、自律神経系など)が同時並行的に変性していく病気です。中年期以降(多くは50〜60代)に発症し、症状の組み合わせによって主に3つの病型に分けられます。
MSA-P(パーキンソン症状が前面に出るタイプ)
旧分類では「線条体黒質変性症(striatonigral degeneration)」と呼ばれていたタイプです。動作緩慢、筋強剛、姿勢の不安定さなど、パーキンソン病に似た症状が先に現れます。ただしパーキンソン病の標準治療薬であるレボドパに対する反応が乏しいことが多く、ここがパーキンソン病との大きな違いになります。
MSA-C(小脳症状が前面に出るタイプ)
旧分類では「オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)」と呼ばれていたタイプです。歩行時のふらつき、構音障害(しゃべりにくさ)、眼球運動の異常など、小脳失調を中心とする症状が先行します。日本ではこのMSA-Cの割合が比較的多いとされています。
自律神経症状型(旧シャイ・ドレーガー症候群)
起立性低血圧、排尿障害、便秘、発汗異常、勃起不全など、自律神経のはたらきの低下が前面に出るタイプです。実際にはMSA-PもMSA-Cも進行とともに自律神経症状を伴うため、「どの症状が最初に強く出るか」の違いと理解するとわかりやすいかもしれません。
国内患者数・進行速度・予後
- 国内患者数:難病情報センターの登録ベースで約12,000人前後(指定難病受給者証)
- 発症年齢:50〜60代が中心
- 進行:発症から車椅子使用までの中央値が約5年、臥床までが約8年と報告されることが多い
- 予後:発症からの平均生存期間は7〜10年とされていますが、症状の出方によって大きく個人差があります
進行速度は UMSARS(Unified MSA Rating Scale) という重症度スケールで定量的に追跡されることが多く、後述する臨床試験でも「UMSARSスコアが月あたり何ポイント増えるか」が主要評価項目になっています。

なぜ既存治療では進行を止められないのか
病態の本体は「α-シヌクレイン」というタンパク質の蓄積
MSAでは、α-シヌクレインという小さなタンパク質が異常に折りたたまれて凝集し、特にオリゴデンドロサイト(神経の絶縁膜=ミエリンを作る細胞)の中に「グリア細胞質封入体(GCI)」と呼ばれる塊を作ります。このGCIが神経変性の引き金となり、周囲の神経細胞も徐々に死んでいくと考えられています。
α-シヌクレインの異常蓄積はパーキンソン病やレビー小体型認知症でも見られるため、MSAはこれらと合わせて「シヌクレイノパチー」というグループに分類されます。
対症療法の限界
現在の標準治療はあくまで「症状を和らげる」対症療法です。
- パーキンソン症状にはレボドパが試されますが、効果は限定的で、効いても1〜数年で薄れることが多い
- 起立性低血圧にはミドドリンやドロキシドパ
- 排尿障害には抗コリン薬や自己導尿
- 便秘・睡眠時無呼吸・嚥下障害などにそれぞれ対応
これらは「いま困っている症状を少し楽にする」ためのもので、病気の進行そのものを遅らせるエビデンスは確立されていません。
2022年改訂のMSA診断基準が変えたこと
2022年、国際運動障害学会(MDS)はMSAの新しい診断基準を発表しました。これは2008年の第二版コンセンサス以来の改訂で、早期診断・早期介入の枠組みづくりが大きな目的です。
藤田医科大学の渡辺宏久らは2022年のレビュー(J Mov Disord. 2022;16(1):13-21)で、この新基準が「疾患修飾療法の臨床試験を進めるための土台になる」と位置づけており、α-シヌクレイン免疫療法、セロトニン標的療法、間葉系幹細胞療法などが研究段階の主役として紹介されています。
つまり、「早く診断して、早く治療研究にアクセスできる枠組み」ができはじめたのが、2020年代の大きな変化です。
【2026年最新版】研究中の疾患修飾療法
ここからが本題です。「進行を遅らせる」ことを目指して、2026年時点で臨床試験が走っている、または近年発表された候補を4つに整理します。
① 間葉系幹細胞(MSC)治療
骨髄や脂肪組織から採取できる間葉系幹細胞(MSC)を使った治療です。幹細胞そのものが神経細胞に置き換わるのではなく、神経保護因子を分泌する、神経炎症を抑える、α-シヌクレインのクリアランス(除去)を助けるといった「環境を整える」作用が期待されています。日本ではご自身のおなかから採取した脂肪組織の幹細胞をつかった幹細胞治療(ADSC)が自費診療でうけれる場合があります。

② α-シヌクレイン免疫療法
病気の本体であるα-シヌクレインそのものを標的にした抗体療法です。能動免疫(ワクチン型)と受動免疫(抗体製剤)の両方で複数の臨床試験が進行中で、パーキンソン病領域での結果がMSA治療の方向性にも影響を与えると見られています。
③ 神経保護薬(既存薬の再利用)
すでに別の病気に使われている薬を、MSAでも試そうという「ドラッグリポジショニング」のアプローチです。リファンピシン、リチウム、ミノサイクリン、リルゾール、ラサジリンなどが候補に挙がってきましたが、これまでの大規模試験では明確な進行抑制効果は示されていません。基礎研究レベルでは有望でも、人での効果再現が難しい領域です。
④ 抗神経炎症アプローチ
MSAの進行に「神経炎症」が深く関わっていることが分かってきており、ミクログリア(脳内の免疫細胞)の活性化を抑える戦略や、免疫グロブリン静注療法(IVIG)なども試験されています。幹細胞治療の作用機序の一部もここに含まれます。
幹細胞治療のメカニズム:3つの作用機序
幹細胞治療がMSAに効果を示すメカニズムは、主に以下の3つです。
1. 神経保護作用
幹細胞は、GDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)やNGF(神経成長因子)などの神経栄養因子を分泌し、損傷を受けた神経細胞を保護します。これにより、神経細胞の死滅を防ぎ、機能を維持します。
2. 抗炎症作用
MSAでは慢性的な炎症が神経変性を加速させますが、幹細胞は強力な抗炎症作用を持ち、炎症性サイトカインの産生を抑制し、抗炎症性サイトカインの産生を促進します。
3. パラクライン効果
幹細胞は様々な成長因子やサイトカインを分泌し、周囲の細胞に働きかけます。これにより、血管新生の促進、ミトコンドリア機能の改善、細胞死の抑制などが起こります。

幹細胞治療の臨床試験データ詳細
ここでは、最も臨床試験が進んでいる幹細胞治療の主な報告を、なるべくさらっとご紹介します。
Singer et al. 2019(Mayo Clinic)── 髄腔内ADSC投与
米国メイヨークリニックのチームによる第I/II相試験。早期MSA患者24名に、自分自身の脂肪組織から採った間葉系幹細胞(ADSC)を1,000万〜2億個、髄腔内(くも膜下腔)に投与しました。
結果のポイント:
- 重症度スケール(UMSARS)の進行が、幹細胞投与群で月0.40ポイント vs 対照群(過去症例)で月1.44ポイント ─ つまり進行速度が約1/3に抑えられた(p=0.004)
- 投与量が多いほど効果が大きい傾向
- 高用量群で一過性の腰痛・下肢痛(神経根の肥厚に伴うもの)が出たが、神経学的後遺症は残らず、幹細胞自体に起因する重篤な有害事象はなかった
→ Singer W et al. Neurology. 2019;93(1):e77-e87. DOI: 10.1212/WNL.0000000000007720
Chung et al. 2021(韓国・延世大学)── 動脈内BM-幹細胞投与
小脳型MSA(MSA-C)患者を対象に、自家骨髄由来幹細胞を動脈内に投与した第I相試験。
結果のポイント:
- 中・高用量群でUMSARSの増加が低用量群より緩やかな傾向
- 虚血性病変は全例で観察されず、安全性は概ね確認
→ Chung SJ et al. Stem Cells Int. 2021;2021:9886877. DOI: 10.1155/2021/9886877
Elimam et al. 2026 ── 最新システマティックレビュー
2026年3月に発表された最新のレビュー。MSAに対する幹細胞治療の臨床試験を系統的にまとめたものです。
結果のポイント:
- 7試験/合計123名のデータを統合
- 有害事象は65〜70%に発生したがほとんどが軽度かつ一過性で、幹細胞関連の重篤な毒性は報告なし
- 複数試験で「進行が遅くなる」シグナルが確認されたが、効果の大きさは投与量・経路・病期によって変動
- 結論:「幹細胞治療はMSAの疾患修飾療法として可能性がある」、ただし大規模RCTが必要
→ Elimam N et al. Biologics. 2026;20:593367. DOI: 10.2147/BTT.S593367
動物実験からの裏付け(さらっと)
臨床試験の前段階として、MSAモデルマウスに幹細胞を投与した複数の基礎研究で、神経保護・炎症抑制・α-シヌクレインのクリアランス促進などの作用が確認されています。
- Stemberger et al. 2011 ─ DOI: 10.1371/journal.pone.0019808
- Chang et al. 2020(ADSC × MSAマウス) ─ DOI: 10.1177/0963689720960185
- Park et al. 2020 ─ DOI: 10.1186/s13287-020-01590-1
これらの基礎研究が、上記の臨床試験で見えている「進行抑制」シグナルの生物学的な妥当性を裏付けています。
現時点の限界 ─ ここは正直に書いておきたいこと
幹細胞治療は、有望な候補ではあるけれど、まだ「標準治療」ではありません。理由は次のとおりです。
- 大規模・長期のランダム化比較試験(RCT)はまだ存在しない
- Singer 2019 の対照群は「過去症例(historical control)」であり、本格的なプラセボ比較ではない
- 効果の持続期間が長期でどうなるかのデータが乏しい
- 投与量・経路・幹細胞の種類の最適解は未確定
「進行を遅らせる可能性が示されている」と「進行を確実に止められる」の間には、まだ大きな距離があるのが正直なところです。
CELL GRAND CLINICでの幹細胞治療の流れ
治療の流れ(全6ステップ)
STEP 1:初診・カウンセリング(約60分)
- 症状の詳細な評価
- 治療の適応判断
- 詳細な説明とインフォームドコンセント
STEP 2:脂肪採取(約30分)
- 腹部から約5mlの脂肪を採取
- 局所麻酔使用、日帰り可能
STEP 3:細胞培養(7週間)
- 専門施設で幹細胞を培養
- 最大2億個まで増殖
STEP 4:点滴投与(1回約90分)
- 静脈内に幹細胞を投与
- 外来での治療が可能
STEP 5:治療サイクル
- 2ヶ月間隔で3-6回投与
- 個々の症状に応じて調整
STEP 6:経過観察
- 定期的な評価と副作用チェック
- 長期フォローアップ
費用について
再生医療は現在、保険適用外の自由診療となります。詳細な費用については、個別にご相談させていただいております。

院長コメント
多系統萎縮症は進行が早く、現時点で進行を止める治療法は確立されていません。ただ、ここ数年で間葉系幹細胞を用いた疾患修飾療法の小規模試験が複数発表され、進行を遅らせる可能性が議論されはじめています。
本記事は再生医療を専門とする医師の立場から、患者さんとご家族・医療者の判断材料となる最新の研究情報をまとめたものです。具体的な治療選択は、必ず主治医・神経内科専門医とご相談ください。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 多系統萎縮症は治る病気ですか?
現時点では、進行そのものを止めたり、完治させる治療法は確立されていません。対症療法と、研究段階の疾患修飾療法(幹細胞治療など)が組み合わせとして検討されている段階です。
Q2. 幹細胞治療は今すぐ受けられますか?
MSAに対する幹細胞治療は、現時点では世界的にも臨床試験段階であり、保険診療で広く実施されている標準治療ではありません。受けられる選択肢としては、国内外で実施中の臨床試験への参加が中心となります。
Q3. 進行を遅らせる方法はありますか?
「確実に遅らせる」と言える標準治療はまだありません。ただし、対症療法を丁寧に組み合わせて生活機能を保つこと、栄養・嚥下・呼吸のリハビリを早期から取り入れること、合併症(肺炎・転倒・褥瘡)を予防することが、結果として全体の経過を支えることが知られています。
Q4. 余命はどれくらいですか?
発症からの平均生存期間は7〜10年と報告されることが多いですが、これはあくまで集団としての平均値で、個人差は非常に大きいです。発症年齢、病型、自律神経症状の重症度、合併症のコントロール状況などによって経過は変わります。担当の神経内科医と、ご本人・ご家族に合わせた長期計画を立てることが大切です。
Q5. 国内で実施中の臨床試験はどこで調べられますか?
以下のデータベースで「多系統萎縮症」「MSA」をキーワードに検索できます。
- jRCT(臨床研究等提出・公開システム):日本で実施中のすべての臨床研究を検索
- UMIN臨床試験登録システム(UMIN-CTR):日本の大学・研究機関主導の試験
- ClinicalTrials.gov:米国NIH運営、世界中の臨床試験を検索可
参考文献・関連リソース
- Watanabe H et al. Multiple System Atrophy: Advances in Diagnosis and Therapy. J Mov Disord. 2022;16(1):13-21. DOI: 10.14802/jmd.22082
- Singer W et al. Intrathecal administration of autologous mesenchymal stem cells in multiple system atrophy. Neurology. 2019;93(1):e77-e87. DOI: 10.1212/WNL.0000000000007720
- Chung SJ et al. Phase I Trial of Intra-arterial Administration of Autologous Bone Marrow-Derived Mesenchymal Stem Cells in Patients with Multiple System Atrophy. Stem Cells Int. 2021;2021:9886877. DOI: 10.1155/2021/9886877
- Elimam N et al. Safety and Efficacy of Mesenchymal Stem Cell Therapy in Multiple System Atrophy: Systematic Review. Biologics. 2026;20:593367. DOI: 10.2147/BTT.S593367
- Stemberger S et al. Mesenchymal stem cells in a transgenic mouse model of multiple system atrophy: immunomodulation and neuroprotection. PLoS ONE. 2011;6(5):e19808. DOI: 10.1371/journal.pone.0019808
- Chang C et al. Transplantation of Adipose-Derived Stem Cells Alleviates Striatal Degeneration in a Transgenic Mouse Model for Multiple System Atrophy. Cell Transplant. 2020;29:963689720960185. DOI: 10.1177/0963689720960185
- Park KR et al. Prevention of multiple system atrophy using human bone marrow-derived mesenchymal stem cells. Stem Cell Res Ther. 2020;11:63. DOI: 10.1186/s13287-020-01590-1
公的リソース
- 難病情報センター:多系統萎縮症ページ
- 厚生労働省:指定難病一覧(第17号)
- jRCT(臨床研究等提出・公開システム)
- UMIN臨床試験登録システム(UMIN-CTR)
Based on articles retrieved from PubMed. すべての臨床試験データはPubMed原典で照合済み。
本記事は2026年5月時点の情報に基づきます。研究状況は日々更新されるため、治療判断は必ず主治医・神経内科専門医とご相談ください。
最終更新日:2026.06.02